生活保護の患者の入院を多数受け入れる民間病院。その中には一部ながら、劣悪医療、人権侵害、巨額の不正をしていた病院や、不必要な検査・手術を繰り返していた病院がありました。
すべてが生活保護ではありませんが、患者の多くは、ほかに「行き場」がなく、身寄りが乏しく、訴える力や経済力も弱い。そういう状況につけこんで、金もうけのために食い物にしていたのです。生活保護なら医療費は全額公費で支払われるので、病院にとって取りはぐれがありません。
今回は、筆者が取材・報道にかかわった関西の病院事件のうち、まず、大阪・安田系3病院事件を中心に紹介します。かなり年数がたちましたが、それに似た体質の病院が、今はなくなったとは言い切れません。不正をなくし、弱い立場にある患者の権利を守る手だてが必要です。
24億円を超す巨額の不正
社会的事件になったのは1997年です。グループ3病院のうち、安田病院(大阪市住吉区、255床)と大阪円生病院(同市東住吉区、337床)は、ホームレスなど生活保護の患者と高齢の患者が半々でした。大和川病院(大阪府柏原市、524床)は、精神科の患者でした。
このうち安田病院が、医師や看護職員の数を水増し報告していたことを同年3月、私たち読売新聞の取材班は独自の調査で具体的に突き止めて報道し、3病院の実態を暴くキャンペーンを展開しました。
その後、大阪府などの調査によって、医療法で定められたスタッフ配置の最低基準に対し、医師数は約40%、看護職員は約30%しかいないことが判明しました。すでに勤めていない元職員らの名前を勝手に使って「幽霊職員」を仕立て上げ、ニセの勤務関係書類を作る手口で、高いランクの看護料(現在の入院基本料)を得ていた不正受給が明らかになり、健康保険法による保険医療機関の指定取り消しが行われました。
さらに府は、病院側が調査を妨害したことから10月、医療法に基づく病院の開設許可の取り消し、医療法人の設立認可の取り消し処分に踏み切りました。保険指定の取り消しや自主廃院はときどきありますが、強制的な廃院・解散処分は日本の医療事件史上初めてでした。摘発後の診療報酬の返還額は、2年足らずの不正部分と若干のペナルティー加算だけで24億5700万円にのぼりました。
この間、実質経営者の安田基隆・安田病院長は、診療報酬をだまし取った詐欺容疑で大阪地検特捜部に逮捕・起訴されました。1審・2審で実刑判決を受けましたが、上告中に病死しました。
院長室を地検が捜索した時には数億円分の札束と、金の延べ板が多数見つかりました。生活保護の患者あてに福祉事務所から送られた日用品費の現金封筒も多数、かごなどに無造作に放り込まれていました。患者の金を本人に渡さず、くすねることがかなりあったようです。
人手不足と点数至上主義による劣悪医療
医療スタッフの数を水増しすると、現場が人手不足になり、医療の質の低下に直結します。
3病院では、医師の診察が何か月もない、患者が亡くなってもすぐに気づかないといった状況が日常的で、高齢の患者はしばしば縛りつけられていました。病室にはナースコールがありませんでした。
検査・投薬内容は、入院時の病名によって1年半先まで一律に決まっていました。それに合わせて先にレセプト(診療報酬明細書)を作り、その内容に沿ってカルテに記入し、カルテをもとに実際の医療を行う。そういう、通常とは逆の流れの作業に看護婦(当時の呼称)たちが追われていました。忙しいから、点滴用の輸液は打たずにトイレに流してしまう。日々の検温・血圧の数値はでっち上げる。実際に患者が発熱したら「37.0度なら上気道炎、37.5度なら気管支炎、38.5度なら肺炎」というでたらめなマニュアルで病名をつける。亡くなった患者は「心不全」にして片づけます。
無資格行為も横行していました。医師が書くべき処方せんや死亡診断書を看護婦が書く、看護婦の仕事である点滴をヘルパーがやる、ヘルパーの仕事である配膳や掃除は患者にさせる、という具合です。
入院環境も劣悪で、病室に冷暖房がなく、患者は冬場、ジャンパーを着て寝る。夏は熱中症が続出する。ダニ、シラミ、ナンキンムシが出る。傷口にウジがわいたまま放置される。高血圧、腎臓病、肝臓病などの患者には「治療食」を出すと届けているのに、実際は画一メニューの食事を出す。安田病院では、薬剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の院内感染で1か月に20人が死亡したこともありました。